東京地方裁判所 昭和27年(ワ)1907号 判決
原告 作山喜久男
被告 株式会社第一銀行
一、主 文
被告は原告に対して金百三十万円及びこれに対する昭和二十四年八月一日から支払ずみまで、年六分の割合による金員の支払をせよ。
原告その余の請求はこれを棄却する。
訴訟費用は被告の負担とする。
二、事 実
原告訴訟代理人は、「被告は原告に対して金百三十万円及びこれに対する昭和二十三年十二月十七日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払をせよ。訴訟費用は被告の負担とする。」との判決を求め、請求の原因として次のとおり述べた。
一、原告はかつて岩手県購買農業協同組合連合会(以下「県購連」という。)に参事として勤務していたが、昭和二十三年十一月十八日頃県購連の用務を帯びて京都市左京区下鴨上川原町二十一番地訴外川島弁三郎方に滞在中、衣料購入資金の必要を生じたので、県購連に同資金の電送方を求めた。県購連はこれを承諾して同年十二月十六日訴外株式会社岩手殖産銀行に対し、金百三十万円を受取人前記川島方原告と指定して電信による送金を委託した。
二、岩手殖産銀行は同日同銀行と電信為替取引契約のある、京都市中京区所在の被告銀行京都支店に対して、電信為替取引契約に基き、電信により金額及び受取人を前記のとおり指定して金百三十万円を送金し、その支払を委託した。
三、岩手殖産銀行と被告銀行京都支店との間における電信為替取引契約に基く前記電信送金契約は、その指定受取人に直接請求権を付与する第三者の為にする契約であつて、原告は指定受取人であるから、昭和二十四年七月訴外本田四郎を原告の代理人として被告銀行京都支店に対し電信送金の支払を求め、受益の意思表示をした。
よつて原告は被告に対して前記電信送金百三十万円及びこれに対する、本件電信為替が被告銀行京都支店に到達した日の翌日である昭和二十三年十二月十七日から支払ずみまで年六分の割合による遅延損害金の支払を求める。
四、仮に前記電信送金契約が第三者の為にする契約でないとすれば県購連と岩手殖産銀行との送金契約、岩手殖産銀行と被告銀行京都支店との送金契約はいずれも一種の委任契約であつて、県購連は岩手殖産銀行に対して指定受取人である原告への支払を求める権利があり、岩手殖産銀行はまた被告銀行に対して指定受取人である原告への支払を求める権利がある。従つて県購連は岩手殖産銀行に対する電信送金取組契約上の債権者として、岩手殖産銀行に代位して被告銀行に対し、直接指定受取人である原告への支払を求めることができる。そして、原告と県購連との間には前述のとおり原告に対する送金契約が成立しているから、原告は県購連に対する送金契約上の債権者として県購連が有する前記代位権を代位して直接被告銀行に対して指定受取人である原告に対して前記金員の支払を求める。
五、被告主張の第三項の事実のうち、原告が本件電信送金の受領を川島に依頼した事実は否認し、その余は知らない。
被告訴訟代理人は、「原告の請求を棄却する。訴訟費用は原告の負担とする。」との判決を求め答弁として次のとおり述べた。
一、原告主張の第一項の事実は知らない。
第二項は認める。
第三項及び第四項は否認する。
二、岩手殖産銀行と被告銀行京都支店との間に成立した電信送金契約は、委任契約であつて、被告銀行は岩手殖産銀行以外の他の何人に対しても契約上の債務を負担するものではない(大審院判決大正十一年九月二十九日言渡、民集一巻五五七頁参照)から、原告は本件電信為替金の支払を請求することができない。
三、仮に原告が支払を請求することができるとしても、次のとおりその請求権は消滅した。訴外岩手殖産銀行が本件電信為替金の受取人として指定したのは、京都市左京区下鴨上川原町二十一番地川島弁三郎方作山喜久男であつたが、訴外川島弁三郎と被告銀行京都支店との間には従前から当座預金取引契約が結ばれており、本件送金の直前にも数回にわたり岩手殖産銀行から川島弁三郎その他の者を受取人とする電信送金があり、いずれも川島の当座預金口座に振り込まれていた。川島弁三郎は本件電信為替送金につき、昭和二十三年十二月十七日被告銀行京都支店に対して原告の依頼によつて送金の証拠書類を添え、本件送金は従前のものと同様の送金であるから便宜川島の当座預金口座に振り込んでもらいたいと申し出たので、被告銀行京都支店はこれを承諾し、本件電信為替金を同人の当座預金口座に振り替えた。従つて本件電信為替金は既に支払が完了し、本件債務は既に消滅しているから、原告の請求は失当であると述べた。
<立証省略>
三、理 由
一、原告主張の第一項の事実は、証人本田四郎の証言及び原告本人尋問の結果によつて認めることができる。
第二項の事実は、当事者の間で争がない。
二、そこで岩手殖産銀行と被告銀行京都支店との間の電信送金契約が、いわゆる第三者のためにする契約であるか、それとも単純な委任契約に過ぎないかにつき判断する。
銀行業者が電信送金の依頼人から送金の委託を受け、自己と電信為替取引契約のある銀行又はその支店に対して、この契約に基き電信により送金支払を委託し、委託を受けた銀行又はその支店がこれに基いて送金依頼人の指定した送金受取人に対し電信送金の支払をする場合において、支払を委託した銀行と支払を受託した銀行との間の契約は、民法にいわゆる委任契約に属することは疑をいれないところである。しかしながら、送金依頼人は委託銀行に対して送金依頼と同時に送金の金員を払い込んでいるのが通常の事例であつて、同人の目的とするところは、専ら送金受取人に対して迅速確定的に送金を受領させることにあるから、送金依頼人は、特別の事情のない限り受取人に給付を受ける権利を取得させる意思があるものと解するのが相当であり、同人より送金の依頼を受けた銀行と同銀行より支払の委託を受けた銀行とは、送金依頼人の意思に基いて送金受取人に対して給付することを約しているものと解される。
このように解しないときは、受託銀行に債務不履行ないし誤払のあつた場合、その責任を問うことのできるのは委託銀行のみであつて、送金依頼人は委託銀行を通じてのみその責任を追求し得るに過ぎないから、その救済は不十分となるばかりでなく、電信送金により最も利益を受ける筈の受取人に至つては、この場合何ら救済の方法を有しないこととなる。このような結果は、取引の実情に合わぬばかりでなく、電信送金制度の円滑な運営を妨げることになるであろう。
以上の理由によつて、銀行間における電信為替取引契約に基く電信送金契約は、当事者間に別段の意思表示がない限り、受託銀行が委託銀行に対して第三者である受取人へ委託金員の給付をすることを約するいわゆる第三者の為にする契約に該当すると解するのが相当である。被告の引用する大審院判例は、本件の先例として適切ではない。
三、そして、証人本田四郎の証言及び原告本人尋問の結果によれば、原告が昭和二十七年七月頃訴外本田四郎を原告の代理人として京都市におもむかせ、被告銀行京都支店に対して前記電信送金の支払を請求したことが認められる。電信為替金のこの請求は原告が第三者のためにする契約の第三者として受益の意思表示をしたものと解するのが相当であるから、原告はこれによつて直接被告銀行に対して給付請求権を取得したものである。
四、被告は、本件電信送金を原告の依頼を受けた川島弁三郎の当座預金口座に振り替えたから、原告の債権は消滅したと主張する。しかしながら、甲第一号証の記載と成立に争のない甲第四号証に証人岡村正子、成尾延一の各証言及び原告本人尋問の結果を考えあわせれば、次の事実が認められる。
県購連から原告に対する電信送金の通知は、昭和二十三年十二月十六、十七日頃川島弁三郎方に到達したが、当時原告は岡崎市方面に出張中でこの事実を知らなかつた。川島弁三郎の内妻の妹岡村正子、は同月十七日川島からその送金を一時自分の口座に振り替えるよう依頼を受け、川島の印章を持参して(原告の印章は持参しない)被告銀行京都支店に行き、本件電信送金を川島弁三郎の当座預金口座に振り替えることを求め、備付の電信送金受取証に受取の日時の日付と受取人川島弁三郎の住所氏名を記載し、持参した川島の印章を押して同銀行員に交付した。同銀行員成尾延一は川島の氏名の横に「作山菊夫」と記入した上何人かがその下に三文判を押し(その結果でき上つたのが甲第一号証である)、それによつて同銀行は本件電信送金を川島の当座預金口座に振り替えた。原告は同月二十八日京都に帰つたが、川島から電信送金のあつたことをきいただけで、誰にあてたものかはきかず、その送金が自分あてのものであることを知つたのは翌二十四年四月頃のことであつて、原告はその送金を川島の口座に振り替えることを誰にも依頼しなかつたし、また承諾もしなかつた。
証人川島弁三郎の証言のうち以上の認定に反する部分は信用し難く、他にこの認定に反する証拠は存在しない。
以上に認定した事実によれば、被告銀行京都支店は本件電信送金を受領する権限のない川島弁三郎の当座預金口座に振り替えたことになるわけであつて、この行為が民法第四百七十八条にいわゆる債権の準占有者に対する弁済に該当しないことも、前記認定の事実に照して明白である。従つてその点に関する被告の主張は、採用に値しない。
五、以上の理由により、被告は原告に対して金百三十万円を支払う義務があるが、原告はこれに対する遅延損害金として本件電信送金が被告銀行京都支店に到達した日の翌日である昭和二十三年十二月十七日から支払ずみまで年六分の割合による金員の支払を求めている。しかしながら、原告が本件電信送金につき受益の意思を表示したのは前記認定のとおり昭和二十四年七月中であるから、このときまでは遅滞の効力を生じないことが明かであつて遅延損害金は昭和二十三年八月一日から請求し得るものといわなければならない。
よつて原告の本訴請求は以上の支払を求める限度において正当であるから認容し、その余は失当であるから棄却し、訴訟費用の負担について民事訴訟法第九十二条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 古関敏正)